中国でのiPad事件について考える

中国の「iPad」の商標権を巡り、米アップルが、台湾のパソコンメーカー唯冠科技に対して、6000万ドルを払うことで和解した、という事件は、新聞やニュース等でご存知の方もいらっしゃるかと思います。

この顛末については、無法者の中国企業と中国の法制度に、善良なアップル社がしてやられた、という論調で書かれている記事が多いですね。
その点については、私は、アップル社についても、台湾の会社についても、詳しく知りませんので、ここで何かを言うつもりはありません。

しかし、この事件から、事業者が学ぶべき教訓はあると思います。

ひとつ目の教訓は、外国進出を考え始めた段階から、商標については早めに手を打っておいた方がいい、ということです。

ある製品に工夫が凝らされていたとして、それが他社の特許権を侵害するかどうか、というのは、たいてい詳細に検討してみないと分かりません。
けれども、商標は、製品やパッケージやカタログやホームページなどで、ぱっと見て分かるものですから、他社の商標と同じとか似ているということはすぐ分かります。

日本国内であれば、特許電子図書館や、ネット検索によって、自社と同じ商標や似た商標が、登録されているか、あるいは、使用されているかどうかを、ある程度は知ることができます。
しかし、外国となると、言語の問題や、データベースの問題などから、普通の人が調べるのは困難です。
また、似ているかどうか、という判断は、国によって基準が異なり、たとえ弁理士でも、国が違えばそう簡単に判断できるものではありません。

ですから、外国に進出しようと思ったら、その初期段階から、商標については、調査をするなり、出願を早めにしておくなり、何らかの手を打っておくに越したことはない、と思います(もちろん、日本国内で新しいビジネスを始める場合にも、事情は同じなのですが・・)。

日本で商標出願や登録をしているものについては、その日本の商標を基にして、外国出願が比較的安価にできる制度がありますので、ぜひ、ご相談下さい。
また、この制度を利用する場合には、日本の商標が基礎になりますので、当初から外国進出を考えている場合には、外国でも読める言語で、日本の出願や登録もした方がいい、ということになります。

日本の出願を検討されるときに、こういった事情も併せてお知らせいただければ、より有益なアドバイスができるかと思います。

ふたつ目の教訓は、今回の事件では「なぜ製品を開発したアップルが・・・」という論調が多く見られますが、商品ではなくて、「商標」のオリジナリティの問題についてです。

日本でもそうですが、発明やデザインは、それを発明した人や、創った人が、登録する権利を持っています。
しかし、商標はそうではありません。

ある新しい造語を考えだしたり、新しいロゴをデザインして、使っている事業者がいるとします。
それを見た人が「あ、これいいね」と考えて、商標出願をした場合、それがある程度有名になっていればともかく、そうでなければ、商標登録を認められる可能性は高いです。

つまり、「その商標は、ウチの商標としてすでに有名だった」という反論はできますが、「それを先に考えたのはウチだよ!」という、オリジナリティに基づく反論はできにくい、ということです。

現在は、多くの会社がホームページを持ち、そこにロゴマークやVI(ヴィジュアル・アイデンティティ)を載せている事業者も少なくないと思います。
その中には、デザイナーさんに依頼して、お金を掛けて良いマークを創ってもらった、というようなものもあると思います。

そういうものについても、「オリジナルはウチだよ!」という反論は難しいので、後の争いを避けるためにも、早めに商標調査をして、商標登録しておくことを強くお勧めしたいと思います。

というのは、産業財産権(特許や商標など)では、一貫して「先願主義」を採用しているため、後になればなるほど、採ることのできる手段が限られてくるからです。

理由や経緯はともかくとして、いったん登録になった他社の商標をつぶすのは、想像以上に大変ですし、お金もかかります。
つぶそうとすれば、「売りことばに買いことば」で、相手は商標権者ですから「そっちこそ商標権侵害だ!」と訴えてくる可能性が高くなります。

そんな事態にならないためにも、自社のブランドやネーミング、ロゴは、早めに権利化しておくことを強くお勧めします。

みっつ目の教訓は、アップルという超有名企業の事例であるため少々分かりにくくなっていますが、「事業の拡大時」にこういう問題は起こりやすい、ということです。

もし、iPadが全然売れない商品であれば、こんな多額の和解金にはならないでしょう。もし、iPadがアメリカだけで販売されて、中国で販売されないなら、そもそもこんな問題にはなりません。

ヒット商品が出たとき、マスコミで注目されるサービスを始めたとき、他の市区町村や都道府県に進出するとき、二店舗目、三店舗目を出し始めるとき、こういうときに、商標の問題がクローズアップされる事例はよくあります。

難しいところは、自社であれば拡大のタイミングは分かりますが、他社の場合は容易に知ることができない、という点です。

「事業の拡大時」というのは、似た商標を使っている他社のタイミングにも当てはまります。

他社がヒット商品を出したとき、マスコミに取り上げられたとき、株式を上場しようとしているとき、銀行から融資を受けようとするとき、こういったタイミングで、問題が表面化する場合があります。

このような他社の事情は知ることができませんから、いずれにしても、商標については早めに手を打っておいた方がいいと思います。

少なくとも、事業を始める以上、自社商標と同じものや似たものを使っている会社がないかどうかぐらいは、調査しておくことをお勧めします。

以上、アップル社の中国の「iPad」商標権の事件に関連して、教訓を3つ挙げてみました。
ご参考にしていただければ、嬉しいです。