「こくうま事件」

あまり有名なものではありませんが、自社商標と他社商標を考える上で参考になると考え、「こくうま事件」を取り上げます。
 
これは平成21年7月21日に、知財高裁で出された判決です。
 
A社は、指定商品「キムチ」について、「こくうま」という縦書きの商標を、平成19年1月26日に登録しました(商標登録第5020651号)。
 
これに対して「こく旨」と表記して「キムチ」を販売してきたB社は、この商標は誰もが使っていい言葉を用いた普通の商標だから、登録されるのはおかしいと主張しました。
(法律のことばでいうと「その商品(キムチ)の品質(こくがある、とか、うまみがあるなど)を普通に用いられる方法(普通の文字だけで表されていること)で表示する標章(マークのことです)のみからなる商標」といいます。)
 
そしてB社は、特許庁に対して、A社の「こくうま」の商標登録を無効にしてくれ、という審判(裁判所ではなく、特許庁で行われる訴訟のようなものです)を請求しました。
 
この審判について、平成20年12月19日に、特許庁は、B社の主張を認めない、との判断(審判で出される判断であるため、これを「審決」といいます)をしました。
 
B社はこれを不服として、この特許庁の判断の取消を求めて、知財高裁に提訴しました。
 
知財高裁では、この訴えに対し、以下のような理由でA社の登録を維持する(登録を無効にしない)旨の判決を出しました。
 
ちょっと難しい言い回しがされていますが、できるだけ判決のことばを使って書きます。
 
☆「こくうま」の語が国語辞典に掲載されていたことを認めるに足りる証拠がなく、「こくうま」の語は、日本語として一般的に用いられているとまでいうことはできない
 
☆食品の品質等を暗示ないし間接的に表示するものとはいえても、直接的に表示したものとまでいうことはできず、平仮名の「こくうま」の表記がキムチに使用されている例がA社の商品以外は認められないことなどから、「こくうま」の商標を「キムチ」に用いた場合、需要者が、「こくがあってうまい」というキムチの品質それ自体を表示するものと認識されるとまでいうことはできない。
 
☆当該商標(A社の商標のこと)が、「その商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」(商標法3条1項3号)に当たるとは認められない。
 
この事件の一番の教訓は、自社商標を採択するときに、「こんなの普通の言葉だよね」と安易に考えて、商標調査も商標出願もせずに使い始めることは、きわめて危険、ということです。
 
私もこれまでの長い実務経験の中で、「こんなの普通の言葉だから、大丈夫ですよね?」と何度言われたか分かりません(笑)。
現場が「普通の言葉」といっていたものを調べてみたら、他社が商標権を持っていて、譲渡の交渉をしたこともあります。
 
そんな数多い経験から、多くの人の「普通」という感覚にはふたつあるのではないか、と私は考えています。
 
ひとつは、たとえば商品「携帯電話」について「スマートフォン」とか、商品「パーソナルコンピュータ」について「パソコン」といった、商品の「普通名称」という感覚です。
これら商標は、その商品自体を指す言葉なので、登録すること(=独占すること)はできません。
 
この点は多くの方に納得していただけるのではないかと思います。
 
もうひとつは、「普通」=「辞書に載っている言葉」、「普通じゃない」=「造語など」という感覚です。
 
人によっては、「商標登録できるものって、造語のように自分の考えた言葉じゃないとダメなんでしょ?普通の辞典に載っているような言葉では登録できないんだよね?」というようなお話を聞くこともあります。
 
たとえば「こだま」「つばめ」「さくら」「うめ」「ひまわり」「けやき」などがどうして登録できるのか、というお話を聞くこともあります。
 
これらはすべて、指定商品との関係次第ですが、登録が認められる可能性が十分ある言葉です。
 
商標「ひまわり」を、商品「ひまわりの種」に使うとして出願したら、おそらく登録は認められませんが、商品「いす」に使うのなら、登録の可能性は十分あります(同じか似た登録商標がなければ、ですが・・)。
 
ですから、自社商標を決めるときには、「こんなの普通の言葉だから」と簡単に判断せず、弁理士に相談をし、調査をされることをお勧めします。
 
それでは、どういうのが「普通」で、どういうのが「普通じゃない」のか、ということですが、実務上は、一件ごとに調査をして、判断するしかありません。
けれども、そのひとつの目安は上に書いた判決の理由にちょっと書かれています。
 
「品質等を暗示ないし間接的に表示するものとはいえても、直接的に表示したものとまでいうことはできず」というところです。
 
つまり、品質などを「暗示的」とか「間接的」に表示したのならセーフ(=登録が認められる可能性がある)だけど、「直接的」な表示はアウト(登録が認められる可能性が極めて低い)、ということです。
 
ここらへんをヒントに、商標採択の際には、できれば造語にしてしまうとか、造語ではないにしても、商品との関係から、できるだけ暗示的、間接的なものにし、直接的な表示は避けることをご提案したいと思います。
 
また、他社商標についても、「普通の言葉だよね」と感覚だけで安易に決めつけてしまうのではなく、「たしかに普通の言葉だけど、直接的とはいえないかも・・」という視点からも考えるようにされるといいのではないか、と思います。
 
ちなみに、造語についてですが、特許電子図書館で他社の商標を検索してみれば、多くの造語例を見ることができますから、ご参考にされるといいかと思います。
 
また、自分で造語を考えるときのヒントとしては、普通の言葉から、文字を抜いたり、付け足したり、縮めてみたりすることで、簡単に造語になります。
試してみて下さい。
 
以上、「こくうま事件」から、商標採択について、いくつか書かせていただきました。
ご参考になさって下さい。